1年ぶりに、「故郷」に帰って来ると ―――
去年、高校進学と合わせて、東京に引っ越して以来、この地には来ることは無かった。
お彼岸や、お正月も、ずっと「帰って」は来なかった。
正確には、帰るのが、こわかった ――― 唯のことを、思い出してしまう ―――
物心ついて以来、唯一の幼なじみで、唯一の親友、そして始めて相手を想うこと
を知った存在 ――― それが、唯であった。
忘れるはずが無い。僕が東京へと発つ3日前、僕の目の前で、彼女が眠りについ
た事を……。元々身体が強く無かった唯は、最期に僕にこう言い残した。
「私、優クンと一緒で、楽しかった。優クンは、自分の道を進んで………」
「故郷」には、未練はもう無かった。いや、そう自分に言い聞かせていた。
しかし、この夏は帰って来いと、やけに祖父母がうるさかった。うれしいことが
あるからだと言う。
そして、帰って来たのだ。忘れようとした、この地に。
しばらくは、ここの夏の特徴でもある、ゆったりとした時間だけが続く。唯の家
には、近づけなかった。唯の家族とは、お墓参りの日に必ず会うのだから、慌て
る必要は無い。
今夜は、ここの夏祭りの日。様々な夜店が立ち並び、お囃が鳴り響く。けだるい
故郷に突然活気がみなぎるようである。
僕は、この夏祭りが好きである。夏祭りになると、唯はいつもゆかたを着ていた。
その姿は、見違えるように美しかったのだ。
不思議な感覚である。賑わいの中にいると、まるでこの中に唯が紛れているよう
な気がする。しかし、そう考えるのも、なんか心地よい。自分勝手な妄想かも
しれないが、今でも唯は夏祭りを楽しんでいるのかもしれないと思うと、それだ
けで、少しホッとする ―――――。
「――― 久しぶり、優クン。」
聞き慣れた、やさしく、懐かしい声に、はっとする。
「優クン、おまつりに来てくれて、うれしい……。」
紛れもない。その声、その笑顔。忘れようとしても、忘れるわけが無い。
唯は、昔と同じゆかたを着ていた。所どころ、以前の唯には無かった、冷たい
金属質のものが見える。それを見て、僕は全てを悟った。
「あの時、詳しく説明しなくて、ゴメンね。せっかく、夢に向かって走ろうとする
優クンを、邪魔したくなかったから……。」
そう言った唯の姿は、昔と何ら変わらなかった。
3年後、美大を目指すツモリだった僕が、神秘主義のカタマリの様な僕が、
「科学」とか「技術」という類のモノにこれ程の恩恵を感じた事は、
おそらく始めてであろう。これらの力が、僕と唯を、再び会わせてくれたのだから。
この夏の想い出は、しばらく生涯最大の想い出となるかもしれない。
とりあえず、「故郷」に帰る目的が出来たことが、一番うれしい ―――――